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アラウンドアーキテクチャ#1『時がつくる建築』/『How Buildings Learn』

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レジュメ資料ダウンロードは以下から


#1を振り返って──「永遠」ではなく「不死」

第一回のテーマは、「時間と建築」でした。時間的に静止したものと思われがちな建築ですが、実は物理的にも社会的にも日々さまざまな変化に晒され、時間の中で少しずつ変わっていくことを免れることはできません。こうした認識は本勉強会を今後も通底する前提となっています。そこで永遠なるものとしてのArchitecture(建築)を、緩やかな運動体としてのBuilding(建物)として眺め直すことができるような視座を提供してくれる二冊の本を選びました。

一冊目の『時がつくる建築』は流石は歴史の本というだけあって、数世紀という時間スケールの中で建物が転用・再利用されてきたことが示されていて圧倒的な説得力がありました。また、時間を巡る建築観が歴史の中でどう形成されてきたかを描き出すことで、「時間恐怖症chronophobia」的な現代の建築観はせいぜい直近1-2世紀程度で形成されたものであることを自覚させてくれるものでした。

二冊目の『How Buildings Learn』は、そうした時間の中での変移は決して限られた「偉大な」建築や都市においてのみ起こることではなく、日常的にあちこちで起こっているということに気づかせてくれます。そして、現代の事例を多く引き合いに出しながら、社会的な変容のメカニズムやドライバーを分析・分類することで、時間-建築の関係をある程度体系的なものとして取り扱いうるのだという兆しも見せてくれています。

(とはいえ、歴史の変化は常に偶然的で、ロジックを体系的に組み上げても常に外部からそれを脅かし乗り越えていく何かが必ず生まれることが本質にあるのも忘れてはいけません。その意味で現実的な要件を多く盛り込み、実践的な議論に近づけば近づくほど、ある種、賞味期限の近いというか射程の短い議論になってしまう可能性はぬぐえません。なので、建築と時間の関係項をあまり細かく分析しすぎないのは一つの肝かもしれませんね。)

ところで、最近ハンナ・アーレントの『人間の条件』を授業で輪読しているのですが、そこで「永遠」と「不死」という二つの概念が出てきて、建築の話と照らし合わせたときにとてもピンときました。

アーレント曰く、「永遠」というのは例えばE=mc2のような普遍で不変の原理のようなものです。哲学者は「人間とは○○」「世界とは○○」というような「永遠」の真理のようなものを追究しました。「永遠」は時間と全く関係を持たない、時間の外にあるものです。

それに対して「不死」というのは、時間の中で「生き続ける」ということです。これはこの世のすべての事物が拘束されている時間との関係の中にいるということです。時間の変化の中にありながら、死なずに生き続けるというのが「不死」です。その中で変質するかもしれないし、もしかしたら死んでしまう可能性も常に孕んでいます。その中で存在を保ち続けるべくエネルギーを投じ続ける営みこそが「不死」なのです。

ただし、この不死というのは必ずしもフィジカルな意味合いだけではありません。アーレントによれば、人間は物理的には死んでしまう存在だけれど、共同体が共有する「世界」という母体に自らの功績や言葉や貢献を通して、痕跡を刻むことで存在としての不死を目指すのだと考えました。そしてもちろん、都市や建築といった人工物はその「世界」を構成する重要な要素になっています。

モダニズム以降の建築は、ある種の絶対的で不変の真理のような「永遠」を目指してしまったのだと思います。しかし、この世界に実体を持つ以上建物は時間との関わりの外に出ることはできません。しかしそれでも都市や建築に対して、そこに生きた人の歴史を刻み、場所の記憶を継ぎ、世界に所属している感覚をもたらしてくれるものとして、なるべくなら長く残ってほしいという根源的な欲求が人間にあります。そのために建築が目指すべきは「不死」だったのではないでしょうか。

「不死」は変わらないことではありません。むしろ、生き続けるために時には変わることかもしれません。建物は、ローカルで日常的なものからグローバルで人類学的な規模のものまで様々なスケールでのコンテクストの変化に応じて、在り方を変えていくさだめにあります。そのさだめの中でも、建物を在り続けさせようとする人間たちが絶え間なく投じるエネルギーによって建物は「不死」でいられるのではないでしょうか。

注意事項

・本勉強会は2020年10月~12月に行われた「アラウンドアーキテクチャ」という勉強会のアーカイブ動画及び解説に用いた資料です。本勉強会について、詳しくはこちらをご覧ください。

・動画中の解説は、木村の解釈に基づく解説です。何かご指摘やご意見などございましたら、本投稿や動画に対するコメント、あるいは木村の個人連絡先nile.kimura[a]gamil.com([a]を@に変えてご送信ください)までご連絡いただけますと幸いです。

・「読むべき本か」を判断するために、概要を紹介している勉強会ですので、これだけで理解できたと思わず是非原本をご一読いただくことを推奨いたします。

・本動画やpdfは自由にご利用いただいて構いませんが、関係者が気分を害したり不利益を被るような使い方はご遠慮ください。

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木村 七音流 ()
東京大学新領域(中略)岡部研究室M1。 建物や都市が生きられるとはどういうことか、というのが個人的なテーマです。建築論・都市論の中からだけでなく、哲学・社会学・表象文化論など周辺の学問分野や、自ら現場で手を動かす実践を通して考えるように心掛けています。なお、所属の正式名称は「東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻空間環境学講座岡部研究室」です。

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