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消えた「おもて」

一言コメント

日本の戦後住宅において、「公共性」を担う要素が損なわれていった背景には、封建的なイエ制度の批判があったという話が面白かった。イエ制度における住宅では対外的な見栄が重要で「おもて」と「うち」が明確にあったが、戦後大量の住宅供給と生活の近代化の中で、そうした旧来的なスタンスは批判にさらされた。ちなみに、この本が書かれたのは1984年。

その他諸々現代にそのまま通じるような思索などもいくつもあるので、ぜひ集合課題とかこれからやる人は一読してみてほしい本だなと思います。

引用元:『「いえ」と「まち」』鈴木成文

公営住宅標準設計51C型のプランに代表されるその計画原理は、一言でいえば空間の機能分化による生活の秩序化・近代化である。(19)

公営住宅建設の初期、一九五〇年代の初めにおいては、住宅を合理的にとらえて計画しようとの指向が支配的だった。とくに第二次大戦後の社会的風潮をも反映して、戦前からの半封建的・家父長的な「家」制度の批判から、その住宅への投影である接客主体の平面構成、格式を示す座敷の空間構成の否定の論が専らであった。(20)

(注:「伝統型」住宅においては)接客空間を主体とする「おもて」と、日常生活空間を主体とする「うち」が分離され、おもてすなわち座敷の空間が重視される、というのが空間構成の基本原理となっている。(23ff)

封建性・格式性を攻撃するあまり、家庭生活の当然の一側面である接客そのものをも否定しようとしていたのではあるまいか。客を招く、あるいは他人や社会と接触する、ということは、住宅にとって本来的な重要な機能であり、古今東西の住居を通じて形のさはあれ重視され、それなりの位置づけを与えられていたものであろう。(25)

その視点であらためて日本住宅を眺めると、単に床の間付きの座敷におけるおもてだった接客構えだけでなく、縁側や土間や玄関の上り框における戸外との融合、近隣の人びととの接触の形態は、日本住宅の社会性・近隣性の豊かさの象徴と捉えることも可能である。(25)

日本では居間は社会に対し開いた空間としては形成されていない。(28)

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木村 七音流 ()
東京大学新領域(中略)岡部研究室M1。 建物や都市が生きられるとはどういうことか、というのが個人的なテーマです。建築論・都市論の中からだけでなく、哲学・社会学・表象文化論など周辺の学問分野や、自ら現場で手を動かす実践を通して考えるように心掛けています。なお、所属の正式名称は「東京大学大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻空間環境学講座岡部研究室」です。

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